お経が子守唄のグラフィックデザイナー

お経が子守唄だった

Manaです。

私はおばあちゃんの「お経」を聴いて育ちました。

110884387

おばあちゃんはすごく、信仰心が厚い人だったんですが、そのおばあちゃんが「毎朝4時から2時間お経を唱えて」いました。

そのおばあちゃんがお経を唱える部屋の隣で、私は寝起きをしていました。なので、毎朝4時から2時間、おばあちゃんのお経を聴いていたことになります。

「お経」とは、私にとって子守唄のようなものです。ちょっと変わってますよね^^

変わっていた子供時代

95504365

「変わってる」と言えばもうひとつ。

今も私は普通の人とは少し変わっていると思うのですが、(夫のHiroさんと自分を比べると、かなり変わっているって思うんです)子供の頃も、少し他の人とは違っていたようです。

子供の頃は、お花や空をボーっと眺めるのが好きでした。

他にもイギリスの妖精のカードを集めるのが趣味だったり、近所の教会に通うような子供(小学生の頃)でした。

やっぱり少し変わってますよね^^;

これは今の私にも繋がることなんですが、「この世界(宇宙)の本質って何だろう?」という疑問をずっと持っていました。子供の頃から。

そして、それを探し続けるような子供でした。

親族に「信仰」に関係のある人が多い

179251937

私は今では、クリスタルボウルやシータ・ヒーリングといった、ある意味でスピリチュアル、ある意味で「信仰」に近いお仕事をしてます。

私の家系は「信仰」に関係のある人が多いように思います。

おじいちゃんは神社を建てる宮大工でした。大おばさまは石川県で神道の巫女をしていました。

最初にも言いましたが、おばあちゃんは仏教の信仰が厚い人でした。

このように、私も含め、私の家系では「信仰」に関わる人が多いように感じます。

高校でHiroさんと出会い、卒業してグラフィックデザイナーになる

146966591

小中、と子供時代を過ごした私は、未来の夫になる人と出会います。Hiroさんです。

高校ではHiroさんと同級生でした。

と言っても、一度も話したことはなく、「顔は知っているけど一度も話したことのない男子」という感じでした。

そうして高校を卒業して、私はグラフィックデザイナーになりました。

今の私を知っているなら、少し信じられないかもしれませんね。

今、私はクリスタルボウルやシータ・ヒーリングといった、「癒やし」をテーマにしたお仕事をしていますが、最初についた職業はガチガチにコンピューターを使う「グラフィックデザイナー」でした。

この会社に5年在籍することになります。

そして、この会社を私が辞める頃、凄いことが起こっていたのです。

(次に続きます)

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ