日本に帰国。高野山修行と後継ぎ

Manaが神秘体験をしたグアムから、私たちは日本に帰ってきました。

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理由の1つはHiroの両親から、「もう海外に行かないでくれ」そう言われたからです。

もしかしたらHiro両親は寂しかったのかもしれませんし、もしくは、別の思いがあったのかもしれません。

私たちも色々考えましたが、Hiroの両親の言葉を受けて、とりあえず日本に帰ることにしたのです。

Hiroは岡山のホテルで働いた

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Hiroは日本に帰ってきてから、岡山のホテルでパティシエとして働きました。

料理の鉄人というテレビ番組をご存知ですか?

あの番組で「鉄人の堺シェフ」に料理対決で勝った、フィリップ・バトンという人がいます。

Hiroはこのフィリップ・バトンが率いる、シェフグループの中で働いていました。

Manaは高野山に修行に行く

Hiroと海外を転々としている頃。

Manaはたくさんの外国の方と会いました。

その中で、日本人としてのアイデンティを揺さぶられるような質問をたくさん受けました。

その答えを探すべく、Manaは高野山に修行に行くことにしたのです。

5年間、高野山で修行しました。

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高野山で修行といっても、5年間ずっと、山にこもっていたのではなく、たまには家に帰ってこられます。

家で少し休んだりして、まもなくしたら、また山に戻って修行。

という日々を5年過ごしました。

修行のかいあって、阿闍梨(あじゃり)の称号を授かりました。

Hiro、親の後を継ぐ。そして・・

私たちが日本に帰って来て、間もない頃。

Hiroの両親から連絡が入りました。

「最後だけでもいいから家業を継いでくれないか?」という連絡でした。

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その頃、親も高齢になっており、体力的にも現役で事業を続けていくのは、そろそろ限界でした。

親の事情は私もわかっていますが、それでも色々なことを考えました。

  • 今まで親の言うことを聞いて生きてきたこと
  • それが嫌になったこと
  • Manaが自分の親の家業の手伝いで大変な思いをしたこと

私はそれら全てを脱ぎ捨てて、Manaと2人で海外を旅してきました。

その旅が終わり、日本に帰ってきて間もない頃に、こんな連絡が来たので、私は戸惑いました。

私は本当に悩みましたが、情なのか何なのか、自分でもわかりませんが、私は「しょうがないな」と思いながらも、親の家業を継ぐことにしたのです。

そして、いざ後を継いでみると、とんでもないことが発覚したのです。

(次に続きます)

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