ホピの人々の生き方 1/3

Manaです。

私はこないだ2ヶ月間、アメリカに行ってきました。

空を飛んでいる飛行機

主にシータ・ヒーリングの勉強だったのですが、その合間に1週間~10日間、時間があったのでホピの人々の居留区(住んでいる場所。現地の言葉でリザベーションと言います)に行ってきました。

中止になっていましましたがオコワカ長老の来日にあたって、私自身が現地の文化や雰囲気、その土地のエネルギーを肌で実感するために行ってきました。

オコワカ長老にもお会いしたかったのですが、次の祈りの準備のためお会いすることはできませんでした。

今日は、この「ホピの人々の生き方」などを紹介したいと思います。

ホピ族× ホピの人々○

アメリカの風景

ホピの人々はよく「ホピ族」と呼ばれることことがあります。

でも、これは厳密には間違いです。

ホピとは「平和な民」を意味する言葉なのですが、「ホピ族」という人達は厳密には存在しません。正確には「ホピの人々」と呼ぶのが正しい表現です。

そして「ホピの人々」の中に○○族、というような方々がたくさん存在します。

少し面白いのがホピの人々の住んでる場所と関係です。

具体的には、大きなナバホ族の居留区の中に、ホピの人々の居留区があります。目玉焼き全体がナバホ族の居留区で、黄身の部分が「ホピの人々」の居留区、とでも言いましょうか。

そしてその大きなくくりのナバホ族の中の「ホピの人々」のさらに中に○○族という方々がいる状態です。少し不思議に思いますが正確にはこのようになっています。

ホピの人々はあえて「不毛な土地」に住んできた

アメリカ南西部の風景

ホピの人々は古代から、あえて不毛な土地を選んでそこに住んできました。

ナバホ族の居留区には、水が豊富な土地もあれば、雨の降りやすい土地もあります。現代で言えば、学校などの設備が整っている所もあります。

そういう場所を選ばずに、雨も降りにくくて、土地も痩せていて、とても人間が住みたいと思わないような場所をホピの人々は「あえて選んで」、そこに住んできたようです。

普通の人間でしたら、作物にとって栄養のある土地で、定期的に雨が降って、水も豊富な土地に住みたいと思うのが普通です。

そうするとそういう土地は当然、たくさんの人々が「住みたい」と思うはずです。もしかしたら、ホピの人々はある意味でそういう争いを避けて生きてきたのかもしれません。もう少し想像を膨らませるとそういう生き方が「ホピ=平和な民」という言葉を産んだのかもしれません。

長くなったので次回に続きます。

次回はホピ族について、さらに深く紹介したいと思います。

(次に続きます)

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