理想的な生き方 2/2

私たちの文明は発達しました。科学技術も進歩しました。交通網も整理されました。こうして見ると、私たちの生活は豊かになっています。

にもかかわらず、「何か満たされない」という感覚を持っている方もいます。これは私が今の活動をしていて、肌で感じていることです。多くの方が「目の前のことに追われて生きている」、そう感じます。

これは私たちが「祈る」ということを忘れてしまったからではないでしょうか。

ホピの長老を呼んだ本当の理由

祈る少女

ホピのヲコワカ長老を日本にお呼びした本当の理由はここにあります。

今の日本の方々に「祈り」を思い出して頂きたかったんです。

(太古の日本ではホピの人々と同じように「祈り」は自然で当たり前の行為でした。雨乞い(あまごい)の儀式もありました。その他の「祈りの儀式」も多くありました。)

前回の記事でも紹介しましたが、ホピの人々は「祈り」と共に生活しています。あえて不毛な土地を選んでそこに住んで、雨乞いなどの祈りをしながら生活しています。

その「祈り続けてきたホピの人々」の代表であるヲコワカ長老彼に「祈り」について語って頂きたかったんです。そしてそれを今の日本人が聞くことで新しいプラスの変化が起こることを期待していました。

残念ながら来日は中止になってしまいましたがこの「祈り」こそが、現代の日本人に必要なモノだと私は思っています。

かといって原始人のような生活は今の日本人には不可能

原始人のシルエット

そうは言っても、原始人のような生活は今の日本人には無理ですよね。

不毛な土地で生活しているホピの人々と同じような生活を今の日本人にしろと言っても無理がありますし、それは現実的ではないと思います。

文明には文明の良いところがあります。科学技術や交通網も必要です。これなしでは今の私たちは生きていくのは難しいと思います。

そこで私は「文明と祈りの調和」こそが理想の生き方だと思っています。

理想の生き方=文明と祈りの調和

差し出す手

「文明と祈りの調和」

これが理想の生き方だと思っています。

科学技術も必要です。交通網も必要です。新しいサービスや商品も必要です。
もしそれらが無くなってしまったら私たちの生活は恐ろしく変わってしまいます。
だから「文明」は私たちにとって無くてはならないモノです。
でもそれだけは不十分だと思うのです。

私たちが忘れてしまった「祈り」が今の日本人には必要だと思うのです。私たち一人一人が自分に責任を持ち。この世界の有り様にも責任を持ち。その上で「祈る」。

昔の日本人のような感覚を持ちながら文明とともに歩んでいく。
これが理想の生き方だと思っています。

文明だけではなく、かと言って原始人のような生き方ではなく、それぞれを認めながら褒め称えながら、「祈り」と共に調和しながら生きていく。

こういう生き方が今の日本人をもっと豊かにしていくと私は考えています。

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